私には心の問題でした

たまに書いてますが、私はベジタリアンです。
でも厳密に言うと、べジに入らないかもしれませんが・・・・・
自分の考え、感覚、そして出来る範囲という中で、
やれることをやっている毎日です。

私のやっていることはというと。

肉は食べない。
毛皮を使った品物、革製品、ニット、羽毛なども、
使わないようにしています。
動物を扱ったイベント・施設も、近づかないように・・・・
化粧品は、動物実験をしていないメーカーを選ぶ。


でも、乳製品や卵の含まれた食品を全部やめてはいないし、
(一般の人に比べたらうんと少ない摂取とは思う)
魚介類は、避けたり、時に食べたり。
病気の時にのむ薬に関しては、動物実験してるかどうかまで確認してない。


あとは、アニマルライツに関するチラシを、
こそっとその辺に置いてきたりします。
そんな、「ビーガン」や完全なベジタリアンの人から見れば、
「エセベジタリアン」な私ですが、日々いろいろ考えています。






人間は、何を食べて生きていくものなのでしょう?
ある方の問いかけに、改めて考えてみました。
私が肉を食べないのは、何故かということにも繋がります。


人間って、雑食ですよね。
野菜も、果物も、お肉も食べる生き物だと思う。


普通の人が肉を食べて激痛が襲うとか、死に至るとかは聞いたことがないし、
好き嫌いの範囲でまずく思う人はいるだろうけど、
すべての人類が肉を吐き出すほどまずく感じるとか、
そういうことはないと思います。

数年前まで私だって、焼き肉も、好き焼きも、から揚げも大好きだった。
「美味しい!」と感じていたもん。
たぶん今だって、食べればそう感じるかもしれない。
でも、食べない。
食べないことにした。


それは、畜産があまりにも動物をモノ扱いし、
命を命でないように扱っているから。

人間は大昔から狩りをして、食料として獣を捕まえ、屠り、食べた。
だから食文化としてはありなんだと思う。
でも、今は、
「美味しい肉を、安く簡単に手に入れて、いつでも食べたい」消費者と、
それにこたえて、
「大量に生産して、安く、人の口に合う味にした肉を売りたい」生産者が、
妊娠するところからコントロールして、
生まれた子も、産んだ母の心も、
生きていく環境も、健康も、死の尊厳までも、
何もかも人間の都合のみに合わせて、畜産を行っている。
それが、私はイヤなんです。
命をモノ扱いするのが。

もし、なにも食べるものがない状態で、
自分あるいは家族が必死で動物をつかまえたら、
それを食べることはあると思う。
でも、
「貧血状態のほうがピンク色の肉になるから」と、
必要な栄養も与えられない豚を、
安い、美味しいといって食べたくない。
羽も広げられない金網の中で、青空も拝めず一生暮らした鶏、
もう意味がないからと、屠殺の前日からお水も食料も与えない。
何トンもある体を片足一本で吊り下げて、喉をかき切って殺した、
その牛を食べたくない。


動物が、暖かい体を持ち、子供を愛し、
甘えたり喜んだり、悲しんだりすると実感してたら、
自分で殺してまで、食べられません・・・・。
ほかの誰かが殺してくれるから、スーパーでパックに入っているから、
私は、平気で買って食べていました。
知って、繋がったから、今は食べないことにしただけです。


だから私なんかは、
肉を食べたいと思い、自分で捕まえて殺したら、意外と食べるかもしれないですね。
「特別なごちそう」として、
原始的だけど、その命と大地や空に、感謝の祈りを捧げつつ。



人間は、何を食べて生きるものなのか?
毒以外、なんでもです(笑)

でも、一人ひとり、自分を律する基準はあるはず。
私は心の問題でしたが、
健康・環境など、人それぞれでしょうね。


ただね、
同じように肉を避けてても、
「健康のため」とか「環境のため」といえば、少しは受け入れてもらえるのに、
「動物がかわいそうだから」、というと、途端に批判の嵐にさらされるのは何故?


私は自分の感覚でやってることなので、
人に強制はしていないし、
むしろ会食のとき、一人だけお肉を抜いてもらうお手間を取らせ、
申し訳なく思っているのに。

肉を食べないのは、「悪いこと」ですかね?(笑)
逆に私は、食べることを「悪」とは言いきってないです。
まだ、考え半ば、って感じです。


動物を好きだといいつつ食べるというのは、矛盾だと感じていたので、
それが解消されて、
自分の心は平安ですけどね^^


私は本当に、聞きたいです。
手塩にかけて育てた牛を、「愛情をこめて育てた」という牛を、
(多分その牛も飼い主を信じているのに、)
何百万円かしらで売って、殺してしまうのって、平気なのですか・・・・
平気じゃないとしたら、なぜその仕事をやめないのですか・・・・・


私は、いくら高額で買ってくれると言われても、
三味線業者にうちの猫を売れませんよ。
ほったらかしで育ててるけど、可愛いもん。


なんか話がうまくまとめられないけど、
ま、私に関しては、すべてが心の問題です。
来月でベジも4年目に入ります。
最近マジで、虫も殺せない女になってきた、
ちょっと極端に走りがちな、サ・エ・ラです。




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コメント

No title

難しいねぇ!
わたしのとっても仲良しの女友達も、「プチ」ベジタリアン。
彼女も、とさつの映画などを見てから、「自分で奪うことが出来ないものは食べない」って決めたみたいで、お肉は、鶏肉くらいしか食べないです(めったに食べないけど)
宗教的な理由ではないから、例えばお出汁に使われていたり、そこまで厳密にしてないし旦那さんや子供たちが食べることまで制限はしてないです。
でも、とてもそういうことに関心をはらって気を付けてる。
わたしは、食べることはやめられないので、いただいているけど、そういう考えはすごいなって思うし、立派だなって思う。
そう思ってても出来ない自分に、非があるような気がしちゃうから、否定的なことを言う人がいるんだと思うよ。自己弁護ね。

わたしだって、動物かわいいかわいい言いながら、ペットショップなんて!とか言いながら、お肉食べて、薬飲んで、矛盾してるなって思うもの。
だからすごく自分勝手だけど、「これくらいだったらできる」ことをやって、自分の気を済ますっていうか、自己満足?してるよね。
例えば毛皮は持たない、着ないとか、そういうあんまり自分の暮らしとかかわらないところ。まぁ、ずるいよねぇ。
でも、そういうことくらいしか出来ないなら、ペットかわいいかわいい言うなってことでもないし、難しいよね、本当に。
でもわたしも、本当にできることからだけど、例えば週に1回はベジタリアンな食事に変えてみるとかしながらね、少しずつやっていければなーって最近思ってるの。
それくらいしか、いまのところは出来なくて、と、いうか、したくなくて、が本音か。でも、ちゃんと心に留めておくね。

2016/09/02 (Fri) 20:41 | mome #- | URL | 編集
No title

う~~~ん…
私は根っからの肉好きなので
ベジタリアンにはなれません…
サ・エ・ラさんが私のブログ読んだら
きっと悲しむかな~?とかチラっと思いながらも
食レポ記事書いたりしてます(;^ω^)
ごめんね~

人それぞれ、考え方も嗜好も違うから
人それぞれで良いと思う
何が良くて何が悪いかと一概には決められません

畜産農家は、それが仕事だと割り切ってないと
やっていけないと思います
元旦那の実家が、牛も飼育して売ってました
でも、牛肉も食べる
生きる糧として仕方ない
食べられるために育てているのは事実だけどね…
いちいち悲しんではいられないのでしょう
決して平気ではありませんよ
大事に育てた子たちです
連れていかれる時は悲しいって言ってました
でも、生きて行くためなんですもん…
色んな事情があるとおもいます
矛盾したことは世の中にはいっぱいあります
でも
どうか、そういう仕事に携わってる人たちの
事情もあるので…
なぜ、やめないのですか?というツライ事は
言わないであげてください…m(__)m

2016/09/03 (Sat) 13:30 | るこ #- | URL | 編集
momeさま

momeさん、こんにちは。
このようなコメントしづらい記事に、コメントをして頂きありがとう!

わずか数年前まで、何の疑問も持たなかった私であり、
そして今でも完全に動物の犠牲を避けた生活をしてはいない私なんだ。

その私が、おこがましくもこういう記事を書くのは、
かつての私のように何も気づいていない方に、ちらっとでも気に留めてほしいなという願いと、
「みんなはどう考えているのかな?」という、疑問ゆえです。


そして、momeさんのコメントに、正直とてもほっとした気持ちです。

何もかもは出来ない。
けれど、出来ることをやっていく。
人間のすることは、何でもそうだと思うから・・・・・。

動物を守ろうという志を持った、
他の方たちと行動を共にすることもありますが、
やはり若い人は、完璧に走ろうとする傾向が・・・・。
それが理想でも、私は家族にベジになれとは言えないし、
主婦であるベジタリアンの多くは、家族のためにはお肉を料理しています。
うちは、家族が私をとめようとしないだけで、十分です。
それを一気にまくしたてても、反感を買うだけでしょう。
何事も分かってもらうには手間暇がかかるし、分かってもらえないこともあって当然。
一人ひとり出来る範囲も違いますよね。
なのでやはり私は、団体に所属よりは、一人行動を主にしています。

私も、momeさんのお友達のプチベジさんに近いです。

ある菜食ブロガーさんの言葉ですが、
「一人が完璧なベジタリアンになるのも良いが、
 週に半分菜食にする人が、2人集まれば、一人分のべジタリアンと同じ。」
そんな考え方が、気楽で好きです。

心に留めてくださるという、momeさんのお言葉、とても嬉しかったです。
ありがとう。


2016/09/03 (Sat) 16:08 | サ・エ・ラ #DDJALrL2 | URL | 編集
るこさま

るこさん、こんにちは。
このようなコメントしづらい記事に、率直なご意見を寄せてくださってありがとうございます。

多分、世の中、るこさんのように思ってらっしゃる方が殆どじゃないかと思います。

「お肉は美味しくて、料理に欠かせないし、栄養もあるし、
 それを売る人がいて買う人がいて、
 そこに多少の犠牲があることは分かっていても、
 人間が生きていくためには仕方ないんじゃないか」
という・・・

おうちが代々畜産をされている方なら、尚更そうお考えでしょうね。

私もいい大人ですし、世の中にはいろんな立場がある事は承知です。
計り知れない資産である牛や豚を、手離せという権利があるのか分からないし、(ないよねきっと)
他に仕事がなければやめろなんて言えないでしょう。
せめて、大事にしてやって、苦しまないようにしてやってほしいと、願うだけです。


まあでも、とりあえず、
私にも、考えを述べる権利はありますよね?

私は私が正しいと思うことを話す権利があると信じ、書いてます^^
反対意見もきちんと聞きますので、
私にも、「言わないでください」っておっしゃらないで下さい・・・・
誹謗中傷の域には、達していないと思いますので。


畜産農家の方は、わが身のご事情を述べることができます。
でも、牛や豚は、なにも言えないで屠殺されていきます。
ファッションに使われる動物たちもいます。
本や映画、動画でも、少し検索すればたくさん出てきますよ。
こちら側のことも少しだけ知っていただければ、
私が心から「聞いてみたい」と思う気持ち、理解していただけるかもしれません。


・・・・・
書いてて、自分が頭でっかちのヤな女にも思えてしまう!
ごめんなさいね、かなりご気分を害されたことと思います。
元ダンナ様のご家族に対してまでのるこさんの優しさ、
人生を優しく大切に生きておられる尊敬する先輩です。
るこさんというブロ友さんを失いたくないのですが、
いっぱい書き直しを繰り返しても、
こんな書き方しかできませんでした。
これも私の真の姿ですので、どうか失礼をお許し下さい。

2016/09/03 (Sat) 16:48 | サ・エ・ラ #DDJALrL2 | URL | 編集
こちらこそ〜

気分を害されたと承知の上で書いたので
私は何も気にしていませんよ
これからも、
サ・エ・ラさんさえ良ければ
ブロ友さんでいてくださいね(^。^)
人間だもの
色んな考え方があって当然だし
自分が正しいと思えば主張することも
大事ですよ
信念を貫き通すというのは
並大抵並大抵事ではありません
毅然としたお話は素晴らしいと思いますよ
ただ…
どうしても、こういうお話は
ちょっとなんでいうのかなー?
攻撃的になるとキツく感じてしまいます
柔らかい文章は、人の心を打ちます
上手く説明できなくてごめんなさいね
そこを言いたかったんです
伝わったでしょうか?

2016/09/03 (Sat) 18:19 | るこ #- | URL | 編集
るこさま

るこさん、何度もコメントありがとうございます!

本文のほうも、コメントも、書き方きつかったですか?
ごめんなさい、そこが私の足りない点なんですね。
それに、
それこそこういう内容なので、
あまり婉曲に書くと、何を言いたいのかわからなくなってしまうかと思って^^;

意見をはっきり書くことで、自分に逃げ道を作らない意味もあります。

でも、そうですね、
柔らかい優しい言い方のほうが、受け入れてもらえることは多いでしょうね。
るこさんのお言葉を、肝に銘じておきます。
本当に、どうもありがとう<(_ _)>




2016/09/03 (Sat) 18:35 | サ・エ・ラ #DDJALrL2 | URL | 編集
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2016/09/03 (Sat) 21:42 | # | | 編集
鍵コメさま

鍵コメさん、こんばんは。
コメントありがとうございました!

鍵コメさんのように理路整然とは書けないけど、
嘘いつわりのない気持ちを書かせていただきますね。


家族のためとはいえ、肉料理をすることは、正直嫌ですよ。
でも、主婦なのでしています。
多くの主婦のベジタリアンが、
独身のべジの方と同じように突っ走れないのは、そこも理由です。
みんな与えられた位置で働き生きている訳なので、
矛盾にも悩むし、
立ち止まって考えることは多いです。

「本当のところ、健康上どうなのか?」というと、
完全なヴィーガンだと不足するビタミンが、一つだけあるそうです。
ときどき乳製品や魚、卵を摂れば、問題ないのですが。
だからやっぱり、動物性の何かを摂らないと、人はダメなのかもしれませんね。
何を選ぶかは、考える部分だけど。。。
そして決して、大量には要らないものですが。

また、欧米のべジ関係のレポートなどでは、
菜食でも立派に子供は健康に育つとか書かれていますが、
私は、実際自分でそうやって子育てしていませんし、
まして私自身、成人してからの転向ですので、
「今現在私は問題なく生きている」としか、言いきれません。
昔の日本人や僧侶は、「獣の肉」は食べなかったらしいので、
恐らく大丈夫かなと思うくらいです。
オリンピックに出るアスリートにも、菜食の選手はいます。
ただ、若い女性などが貧血を避けられるのか?
菜食にしているすべての人が健康に問題がないのか?というと、
その保証は、ハッキリ言って今はないんじゃないでしょうか・・・・
私にとっては残念ですが。

だから、人様に強くお勧めはしていないし、
実際「食事」として肉を食べることは、ニンゲンには「あり」だと思います。
本文にも拙いながらそう書いたつもりです。

ただ、私はイヤだから食べないというだけですよ^^

話が戻るようですが、
もし今から子育てするんならどうするかな?と、たまに考えます。
もう、「この生き物がどんな目にあってたかは関係ない、食べて大きくなれ」とは思えないな。
出来る限り平飼いされている鶏の玉子、申し訳ないけどお魚類、大豆、を主にして、
最小限の肉類か・・・・な?やっぱり抵抗はあるけどね・・・・。
他で栄養を取れるなら肉を避けるというのは、傲慢とは思えないです。

孫?それは私には関係ありません!
親が育てるものですから・・・・
うちに来たときは、うちのごはんを食べるだけでしょ♪
聞かれれば私の主義は話しますけど。

私の感覚は、結局すごく原始的なんだけど。
どの動物も、生きるために何かの命を奪うでしょ。
ヒトも、ウシやブタを食べることを、神様から止められてはいないと思う。
食べてもいいかもしれない。
ただ、ただ、繰り返しだけど、
人工的に受精させられ、生まれてすぐに要らないほうの性別の子は捨てられ、
生かされるほうも、最低の費用で最大の利益を生むために、
なんの喜びもない一生を送るような、
そういうやり方が、耐えられないです。

・・・・・まぁ、こんなです。(笑)
やはりうまく書けませんわ~
きっと鍵コメさんの胸にスッと落ちるような答えには、なっていないと思います。
ごめんね。

でも、わざわざのコメント、とても有難かったです、
よかったらまた遊びに来てくださいね。












2016/09/03 (Sat) 23:59 | サ・エ・ラ #- | URL | 編集
No title

こんにちは。
この記事を読んで、ある人を思い出しました。
高機能自閉症でありながら、動物学者でもある、
テンプル・グランディンさんです。
彼女が設計した家畜の処理場では、家畜が怖がらないそうです。

命あるものをいただき、命をつなぐ。
いきすぎると、今のような状態になる。
人にだけ、都合がよくなる。
そこに、サ・エ・ラさんは心をいためているんですね。
その昔は、食べる分だけ・・・だったのにと。

サ・エ・ラさんのように、生活から排除しようとすることも
グランディンさんのように家畜の権利を主張する運動をすることも、
出来ませんが、人類と動物の共存をもっと考えようと思いました。

人間が、少しずつでも、進化していけたらいいですね。

2016/09/04 (Sun) 16:34 | ぐるこ #- | URL | 編集
ぐるこさま

ぐるこさん、こんばんは!
このようなコメントしづらい記事に、ご意見を寄せていただいて、ありがとうございます。

いろいろな考え方があり、意見を戦わせて分かることも分からないこともありますが、
結局、ぐるこさんがおっしゃるお言葉に尽きるようです。

「人間と動物の共存をもっと考えよう」。

そう、共存ですよね。
対等な命なんですもの。
どちらか一方が上に立ち、搾取するだけでは、いけないと思います・・・・
私が、のどまで出かかってて思いだせなかった一言を、
ぐるこさんが代わりに言ってくださいました。
ありがとうございます。

「生活から排除」というと、動物との関わりを断つようにも取れますが、
その反対で、
私は仲良く暮らしていきたいと思っているんです。
地球上で・・・・
どの生きものも、
それぞれの領域や、生態を尊重されるべきかと。

グランディンさん、初めて聞く名だと思って調べてみたら、
以前著書を2冊ほど読んでました(笑)
でも全然覚えてなかったです(>_<)

まだまだ不勉強な部分が多い私ですが、
心がノーということは、やっぱり出来ないから・・・仕方ありませんよね。

ありがとうございました☆

2016/09/04 (Sun) 23:15 | サ・エ・ラ #DDJALrL2 | URL | 編集
No title

サ・エ・ラ様、こんにちは~~!
一個前の記事にコメいたします。

実は、この記事を初めて読んだときに、非常に大きな衝撃を受けました。
んで、何かをコメントしたいと思いながらも、何も言えず・・・・。
何度も読みに来ては、考えていました。

まだ考えはまとまらないのですが、思い切ってコメしよう!
と思いまして、今書いてます。

私はもちろん、ベジタリアンでもなんでもない、一人のぐうたらな主婦ですけども。
でもね、すごく伝わるものがありました。
「自分のすべてを賭けて書いた記事だな」
ってことが、伝わってきたんだよ。
それは一番、人の胸を打つものだと思います。
私の胸も打ちました。
魂の叫びみたいなものを、感じたのでした。

私は、普段、おバカなことばっか書いて楽しんでいますが。
時折、自分の心の奥から湧き上がってくる本音の叫びみたいなものを、記事にすることもあります。
それは、抑えたくても溢れ出てくるような訴えなんだよね。
時々だけれど、書かずにいられなくなる日も、ある。

でも、そんな時にはたいてい、非常に厳しい批判を受けます。

本音で語ると、誰かを傷つけることもあるんだよね。
仕方のないことです。

でも、本当の想いを文字にし、文章にしてゆくことは、きっと、自分を生きる上で大切なことだと思っています。
勇気が必要だけれど・・。

この記事の、サ・エ・ラさんの勇気のこもった文章は、珠玉の文章だと思いました。


私はベジタリアンではないですが、でも、私も他人とは違う『こだわり』を、いっぱい貫いて生きてます。
こだわる部分と、どうでもいい部分が同居してる!

私にとって大事な部分を、私もきちんと文章化して残してみたいなと、そんな風な勇気を、この記事からいただきました。

ありがとうね。

私はベジタリアンにはなる決断はできないけれど。
半分にしてみる!肉!
(食べるのも、自分の肉も!)


2016/09/07 (Wed) 17:27 | こぶりんぼ #MyJ0QW/M | URL | 編集
こぶりんぼさま

こぶりんぼさん、こんにちは。

ありがとう。
もう、それ以上の言葉、何も思い浮かばないくらい。
そんなに、おっしゃっていただけるほどの文でもないのですが、
思いのたけを、ガッチリ受け止めてくれた方がいて、嬉しい。
心から感謝します。


勇気とか、胸を打つとか言われると、
そんなこと言われるのは初めてのことで 照れますが、
おっしゃるとおり
書かずにはいられない叫びが、
こぶりんぼさんにも、私にも、他の誰にでもあるんですよね。
批判を受けると分かっていても、
これで傷つける人がいると想像できても、
閉じ込めておけない何か、ってものがね。
私にとっては、これだったんだ。


孤独も味わうけど、仕方ないですね。


こぶりんぼさんのこだわりは、何だろう。
知りたいです。
もし書けるときが来たら、是非是非、あのステキなブログで書いてください。
たやすく書けなくて心に秘めていくなら、それでいいし、
でも貫いていられるのは、すごく尊敬します。



ふふっ、最後の3行・・・・らしくて好きだ~\(^o^)/

ホントありがとう!!

2016/09/08 (Thu) 13:34 | サ・エ・ラ #DDJALrL2 | URL | 編集

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